プロフィール

はじめまして。
なっくと申します。

ブログをご覧頂きありがとうございます。

このページでは自己紹介をさせて頂きます。

 

僕は31歳の時に賃貸併用住宅を作りました。

1階が自宅、2階が賃貸2部屋の建物です。

完成した賃貸併用住宅は
トラブルもなく満室経営中です

【↑自宅】

 

【↑賃貸】

 

家賃収入で住宅ローン全額をまかなっていて、
毎月の住宅費がかからない(少し利益がある)生活
をしています。

=====

あまり見せるものではないと思いますが・・・

家賃収入の実績の写真を入れる。!

=====

 

賃貸併用住宅を建てる前に感じていた、
高い家賃を払い続ける負担感も無くなり、
自分達で設計した家で
心穏やかな毎日を過ごしています。

 

現在は賃貸併用住宅に関する相談に乗ったり、
サポートをさせて頂く活動もしています。

このブログをきっかけに取材をして頂き、
その記事が副業サイトに掲載されています。

【↑取材記事】

このように
賃貸併用住宅を建てる前には想像できなかった
経験もさせて頂いています。

 

賃貸併用住宅を完成させてからは、

『元々土地を持っていたんでしょ?』

『給料が高かったからできたんじゃないの?』

『興味あるけど俺にはできないよね?』

と言われることもありますが、
全くそんなことはありません。

土地は持っていなかったし、
給料も一般的な金額でした。

そして、特に優れた能力やスキルもない
普通の人です。

 

そんな普通の僕が
どんな人生を経て賃貸併用住宅を建てるに至ったか
その過程を簡単にまとめてみました。

もしよければ読んでみてください。

プロフィール年表

0歳:茨城県水戸市に生まれる。(1歳で千葉県柏市に引っ越す)

小学校低学年:宿題はやらない、九九算の暗記はカンニングをしてクリアする、放課後はいたずらを繰り返すという落ちこぼれコースまっしぐらの日々を送る。

☑小学校高学年:転校を経験する。この頃から毎日友達と草野球をするようになる。小5の時には恩師に出会い、真面目を絵に描いたような性格へと180度変貌を遂げる。

中学校1年:野球部に入る。最初のテストの成績は240人中109位という微妙な成績を取る。自由を求めて県内で御三家と称される高校に入ることを決意する。朝型生活を習慣化し、部活と勉強を両立するようになる。

中学校3年:親に頼み込んで1年間だけ塾に通わせてもらい、苦手な数学を克服する。テスト成績は学年5位まで上がり、無事志望校に合格する。正しい努力は報われると知る。

高校:高校入学で満足して勉強から離れる。高校も野球部に入り野球漬けの日々を送る。高校三年秋まで学校行事に全力投球し浪人する。

大学:1浪を経て東京六大学の一つに入学。法学部に入るが初日の講義で法律に全く興味を持てないと知る。講義に出なくなり、サークルとバイトに明け暮れる。就職活動は今後はITの時代と何となく感じたことと、大好きなチームプレーができそうだという理由でIT企業に入社を決める。

社会人1年目:ネットサーフィンしかしたことがない状態で入社する。新人研修時代は帰宅後も勉強をし、必死で食らいつく。研修終了と共に当時社内で一番忙しい部署に配属される。

社会人3年目:重要な仕事を任せてもらえるようになるが、自分で自分にプレッシャーをかけるようになりストレスが増える。10円ハゲができていることを後ろの席の後輩に知らされてショックを受ける。翌日からは油性マジックで10円ハゲを塗りつぶして出社を続ける。

社会人5年目:『以前一緒に働いていた1個上の先輩の訃報』『精神的な支えだったチームの先輩が病気で長期療養に入る』などの出来事が重なり精神的に追い込まれ、抑うつ状態と診断される。当時の彼女(現在の妻)の支えや会社の上司のサポートもあり、長期療養に入ることなく心療内科に通いながら何とか復活する。

社会人6年目:結婚する。マイホームなども考え始めるが、ITに自分の仕事が奪われる不安や会社員で働き続けるのは難しいかもしれないという健康面の不安から、自分の力だけで住宅ローンを返し続けるのは厳しいと悟る。

社会人8年目:妻の一言で一番幸せにしたい妻さえ幸せにできていない自分に気づく。お金の悩みを無くさなければ何も変わらないと考え、会社の給料頼みの状態を脱却すべく副業の勉強を始める。その中で賃貸併用住宅という選択肢を知り、建てるために行動を開始する。

社会人9年目:様々な壁を乗り越え、賃貸併用住宅が完成する。人生初の家賃収入を得る。自分が働かなくても入ってくる収入を実際に手にしたことで、価値観が大きく変わる。

現在:賃貸併用住宅で平和な日々を過ごす。収入の柱をさらに増やすべく行動を継続中。

 

こんな感じの人生を送ってきました。

振り返ってみると改めて
人に支えられてばかりの人生です。

 

賃貸併用住宅の話をすると
『なぜ賃貸併用を建てようと思ったの?』
と聞かれることが多いです。

その理由については僕の社会人生活を
もう少し深堀する必要があります。

 

新人時代から馬車馬の如く働き続けて10円ハゲができる

大学卒業してIT企業に入社しました。

職場では周りの人に恵まれ、
尊敬できる先輩・同期・上司にも出会えました。

 

新人時代から
会社で一番忙しい部署に所属していました。

四半期毎に公開される
部署ごとの毎月の残業時間は
ぶっちぎりで1位の部署です。

 

部内のほぼ全員が疲弊した状態で働いていました。

最近あの人を見かけないなと思って、
その人の周囲の席の人に聞くと、

『メンタルを病んでしまって長期療養中』

そんな台詞は特に珍しくない環境です。

 

そんな状況でも尊敬する先輩達は
自分のタスクだけでも手一杯なのに、
周囲へのサポートを欠かしません。

そんな先輩達を見ていた僕は、

『自分も先輩達のようになりたい。
周囲の人をサポートして負担を減らしたい。
自分が頑張らなきゃ!』

と自分で自分を追い込むようになりました。

 

=====

目覚ましの音で目が覚めた。

今日も鉛のように体は重い。

数歩歩かないと届かない位置にある
2つの目覚まし時計を止めるため
重い体を無理やり起こす。

そのままシャワーを浴びて、
スーツを着て家を出る。

会社に到着し、
自分の部署のフロアへエレベーターで上がる。

フロアの鍵はロックされているので、
最初に出社した人の役割のロック解除操作をする。

『この操作にも慣れたな』

フロアに入って時計を見ると、6時10分。

PCの電源を付けて

『よし、今日も頑張るぞ』

気合を入れて仕事を始める。

今日も長い1日が始まった。

 

『目が霞んできた・・・。
会社のドアが施錠されるから
そろそろ帰らなきゃ』

時計を見るとドア施錠の23時の10分前。

急いでPCをシャットダウンして、
施錠の準備中の警備員に挨拶して会社を出る。

『今日も疲れたなぁ・・・。
明日はさっきやり残した調査から再開だ。
先輩達も頑張ってるし、自分も頑張るんだ』

帰りの電車は寝過ごさないように
スマホでニュースを見続ける。

家に着くと遅い夜ご飯を食べ、
シャワーを浴びる。

目覚ましを配置して
ベッドにもぐりこむ。

次の瞬間には目覚ましの音で目が覚める。

=====

これは新人時代のある平日の様子です。

このように
早朝から深夜まで仕事に向き合う日々を
誰に頼まれたわけでもなく
自発的に続けるようになりました。

 

昔から人をサポートすることが好きな性格です。
高校の野球部や大学のバイト、サークル活動では
後輩の指導やサポートが大好きでした。

人のサポートを目的に設定することで
自分のモチベーションが上がる
ということも知っていました。

 

昔から何かを身につけるのに
人よりも時間がかかることに気づいていました。

勉強の理解も遅いし、
バイトでも仕事を覚えるのに
他の人よりも時間がかかりました。

そんな才能の無さを努力でカバーしてきたので、
会社でもサポートできる実力をみにつけるために
『人よりも努力せねば』
という思いがありました。

 

2年目に入る頃には周囲の人々を
サポートできるくらいには成長しました。

後輩だけでなく、先輩からも質問されたり、
意見を求められる場面が増えました。

それが嬉しくて、
『もっともっと実力をつけたい!』
とハードワークを続けました。

 

そんな生活を続けていたある日、
仲の良い後輩が休憩に誘ってきました。

その後輩とはよく一緒に休憩をとっていたので、
いつもと同じように休憩にいきました。

コーヒーを買って2人でベンチに座ると、
後輩が暗い表情で言いました。

 

 

『先輩、10円ハゲできてますよ・・・』

 

 

全く想像していなかった一言だったので、

『へっ?』

という声を出してしまいました。

 

後輩にスマホで写真をとってもらうと
確かにそこには10円ハゲがありました。

 

『嘘だろ・・・。』

 

ショックでした。

自分では大丈夫と思っていても体は正直です。

働きすぎて体は悲鳴をあげ、
10円ハゲという形で僕に知らせてきたのでした。

 

『少し働くペースを落とそうか・・・』

とも思いましたが、

『自分がペースを落としたら
その分他の人にしわ寄せがいく。
迷惑かけちゃうのは嫌だ。

今まで通り頑張らなきゃ』

そう思う気持ちが勝ちました。

 

翌日からは手鏡と洗面所の鏡を見ながら
10円ハゲの部分を油性マジックで
黒く塗りつぶしてから
出社をするようになりました。

会社で後ろから声をかけられた時には
10円ハゲが見られるんじゃないかと
内心冷や冷やする日々が続きました。

 

10円ハゲは半年程で治りましたが、

『自分はストレスがあっても大丈夫』

という根拠のない自信が崩れ落ちる出来事でした。

 

人の仕事が減っていく実感と将来の不安

『いつかは自分の仕事もITに奪われるかもしれない』

IT企業で働き続ける中で
段々とこの不安を感じるようになりました。

 

IT企業で働いていると、
毎日のように耳にするのが
ITを使った業務効率化です。

効率化と言うと聞こえはいいですが、
いざ効率化が行われると
人の仕事がITに奪われることになります。

最近も大手企業の早期退職募集という
ニュースを頻繁に目にするようになりました。

このニュースはITによる業務効率化とも関係があり、
この流れは加速していくはずです。

 

業務効率化のためのシステム開発をする中で、

『このシステムが完成したら、
また誰かの仕事が無くなるんだな・・・』

そう思いながら仕事を続けていました。

 

今は自分の仕事は大丈夫だけど、

『いつかは自分の仕事もITに奪われるかもしれない』

年を経るにつれて
将来への不安も大きくなっていきました。

ストレスで抑うつ状態になり心療内科に通う

社会人5年目にはチーム異動があり
別のプロジェクトチームに入りました。

別のチームから見ていても、
大変な状況のチームだとわかっていました。

今までの経験を求められての移籍
だとわかっていたので、
プレッシャーも感じていました。

この時は
『期待に応えよう!』
とプレッシャーも前向きに受け止めました。

 

新チームも今までと同じく
忙しい日々でした。

忙しい日々の中、心の支えだったのは
新人時代から同じチームだった
尊敬している上司と先輩が同じチームだったこと
です。

 

ストレスを感じながらも
プロジェクトを進めることに邁進していたある日。

信じられない情報が飛び込んできました。

 

新人時代から3年ほどお世話になり、
今は転職をして外資系企業で働いている
1個上の先輩が

病気で亡くなった

という知らせでした。

 

『え、なんで・・・
まだこんなに若いのに・・・
一緒に働いていた2年前は元気だったのに・・・』

仲の良い先輩だったので、
大きなショックを受けたのはもちろんですが、
信じられないというのが正直な気持ちでした。

 

この出来事によって、

『人の死に年齢は関係ない
自分もいつ死ぬかわからないんだ』

という今まで抱いたことのない気持ちを
持つようになりました。

 

それからしばらくして、
同じチームの尊敬している先輩に呼ばれました。

『病気の治療のため、
来週から長期休暇に入ることになった』

と告げられました。

 

病名は誰でも聞いたことのあるものでした。

最近先輩が体調不良で早退も増えていたので、
心配はしていました。

でもまさかそんなに重い病気だったなんて・・・。

病名を聞いた瞬間から
悪い夢の中にいるような感覚になり
心ここにあらずという状態で話を聞いていました。

一番つらいのは先輩自身なんだから
自分は明るく振舞わなきゃと思いました。

しかしショックの大きさは想像以上で、
引きつる顔を明るい表情に変えることは
どうしてもできませんでした。

 

その日の夜

『なんでだよ
なんで先輩なんだよ

あんな素晴らしい人に
なんでこんな試練を与えるんだよ』

と神様を責めながら泣きました。

 

先輩が長期療養に入っても
プロジェクトは進んでいきます。

『先輩の穴は自分が埋める!』

その気持ちを胸に抱き、
先輩の分も自分が頑張らねばと思いましたが、
自分よりも遥かに優秀な先輩です。

気持ちだけでは思うように
代わりは務まりませんでした。

『こんな時にチームを支えられるように
朝から晩まで仕事に励んできたのに
全然支えられてないじゃないか・・・。』

上手く進められない自分の姿を見て
自分で自分を責めるようになりました。

 

しばらくすると、
微熱が続くようになり、
何もやる気が起きなくなりました。

体は疲れているのに
なかなか寝付くこともできなくなり、
朝は起き上がる気力が出ずに
出社時間を遅らせることが増えました。

 

『これって何かおかしいよな・・・。
 嫌な予感がする・・・』

 

心療内科を受診してみたところ
『抑うつ状態』
と診断されました。

特に朝が体調が悪いので、
薬を飲みながら、
昼頃から出社させてもらうようになりました。

 

体調が悪く休みたいと思った時には、

『先輩は今つらい治療に耐えてる。
必死で病気と戦っている。
自分も負けずに戦わなきゃ』

と自分を鼓舞してベッドから立ち上がり
会社に向かい続けました。

 

当時の彼女(今の妻)にも精神的に支えられ、
上司にもメンバー補強等でサポートしてもらいました。

こうしてどうにか
プロジェクトは完遂することができました。

プレッシャーからも解放され、
徐々に体調は回復しました。

 

この経験によって、

『自分で考えていたほど自分は強くないんだ。
この先会社員として働き続けられるのかな・・・』

という不安を持つようになりました。

 

ITに仕事が奪われるかもしれないという不安に加え、
自分の健康面への不安も増え、
将来への不安はさらに大きくなったのでした。

結婚と住まいに関する悩み

社会人6年目に結婚をしました。

 

子供の頃から、
病気の祖母に常に寄り添い
仲睦まじく支え合いながら生きている
祖父母の姿をみてきました。

いつの間にかそんな祖父母が
理想の夫婦像に。

そしていつかは結婚をして、
『祖父のように妻を愛し続ける人になりたい』

という理想が潜在意識に刷り込まれていました。

 

その理想もあり結婚する時

『妻には我慢や後悔ばかりの人生は絶対に送らせない。
死ぬ時に何一つ後悔のない幸せな人生を送ってもらう』

と心に決めていましたし、

『妻が一番大切。何よりも優先する』

と思っていました。

 

結婚を意識し始めた頃から
住まいについても考えるようになりました。

子供の頃からマンション暮らしだったので、
結婚して家族を持ったら
好きな場所で自分で設計した家(戸建)に住みたい
という憧れがありました。

しかし今住んでいるのは東京で土地が高いです。

お互いの実家からも離れているし、
保有している土地もありません。

 

高額のローンを借りて
土地を買い戸建を建てることも
少し無理をすればできると思います。

しかし、
住宅ローンを給料から数十年間返済し続ける負担は重く、
将来的に職を失ったり
病気になって働けなくなったら
ローンを返せず家も失うことになります。

自分が働けなくなる=家を失うこと

そう考えていました。

 

これまでの経験から
自分が働けなくなることは決して可能性が低いこと
とは思えませんでした。

『仕事もいつ無くなるかわからないし、
いつか病気になるかもしれない。

そんな不安もある中で、自分の給料から
ローンを払い続けるしかない状況を作るのは
リスク高すぎだよなぁ。

マイホームを持つのは無理なのかな・・・』

そんな思いを抱きつつ、
マイホームを持つ憧れはそっとしまい、
賃貸暮らしを続けていました。

妻の言葉で嘘つきの自分に気づく

結婚してからも相変わらず
仕事で忙しい日々を送っていました。

結婚後は朝7時に家を出て、
帰宅は22時半という生活が続きました。

帰宅する時には疲れ果てていて、

『体調悪い?大丈夫?』

と妻に心配されることも多かったです。

 

共働きの妻の方が先に家に帰っているので、
晩御飯を作ってくれますが、
毎日僕が帰るまで妻も食べずに待っていてくれました。

 

ある日僕は

『体に悪いから先に食べていて欲しい』

と妻にお願いをしました。

 

すると妻は

『2人で一緒に食べる晩御飯が1日のメインイベントだから一緒に食べたい』

と言って僕の申し出を断りました。

 

妻のこの言葉を聞いた時、

『僕は一体何をしているんだ』

とハンマーで頭を殴られたような気分でした。

 

妻と結婚する時

『妻には我慢や後悔ばかりの人生は絶対に送らせない。
死ぬ時に何一つ後悔のない幸せな人生を送ってもらう』

と心に決めていましたし、

『妻が一番大切。何よりも優先する』

と思っていました。

 

それにも関わらず現実は
夜遅くまで空腹を我慢させ、
たった30分間の晩御飯が1日のメインイベント
なんて言わせてしまう状況です。

『妻が一番大切。何よりも優先する』

と自分で言っておきながら

 

『妻よりも仕事を優先している』

 

という事実に気づきました。

 

『本当はどっちを優先したいの?』

と自分に問いかけてみました。

 

『一番大切なものは妻。

妻のいない人生は考えられない。

本当は平日にも早く帰って、
色々なところに連れて行ってあげたい。

もっと妻と一緒に時間を過ごしたい』

 

結婚前からの習慣で仕事に打ち込んでいたけれど
妻が一番大切だという本心と
実際の行動がかみ合っていないとハッキリ気付きました。

 

さらに、僕自身が妻にストレスを与えていることにも気づきました。

妻は僕がかつて精神的に病んでいたのを知っています。

毎日疲れ果て、暗い表情をして帰宅する僕の姿は

『また精神的に追い込まれてしまうのではないか』

と心配する妻のストレスになっていました。

 

仕事を優先して妻に我慢させて
ストレスも与えてしまっている自分。

 

一番幸せにしたい人すら幸せにできてない。

結婚する時に決めたことも守れてない。

自分はいったい何してるんだよ・・・。

 

あまりの不甲斐なさに
その日は眠れませんでした。

 

『このままじゃダメだ。

このままの生活を続けてたら
いつか死ぬほど後悔する。』

この思いが頭の中をぐるぐると
駆け巡っていました。

 

妻とはよく、

『いつかあれをやってみたい!
これもやってみたい!』

とやりたいことを話していました。

その中には若くて体力のあるうちに
数か月単位の時間をかけなければ実現できないことも多かったです。

『やりたいことを全部実現したら、
死ぬ時に後悔はないだろうな・・・

2人で後悔の無い人生を送りたい。』

そう強く思いました。

 

妻と一緒に
やりたいことを実現するためには
お金と時間が必要です。

その両方を手に入れるためには
会社員のままでは不可能であること
は明らかでした。

 

『会社以外の収入を構築して、
30代のうちに2人とも会社を辞めよう。

お金と時間が両方ある状態を実現して、
2人で一緒にやりたいことを
1つずつ実現していこう。

人生は一度きり。
2人とも死ぬ時に後悔はないと言う人生を送る!』

 

眠れない夜、布団の中で
僕はこう決めました。

賃貸併用住宅を知り挑戦を決意

決めたはいいものの、

『会社以外の収入・・・
何をすればいいんだっけ?』

と何をすればよいかわかりませんでした。

 

『副業で収入を増やそう!』

という考えだけは浮かびました。

しかし過去にはFXに取り組み、
自分の欲望に支配されて、
数百万円を失った経験がありました。

 

『手堅くて自分の感情に左右されずに
お金が入ってくる仕組みが作れればなぁ』

ぼんやりとしたイメージだけ浮かぶけれど
何をすれば良いのか答えは見つからないまま
毎日インターネットで情報を探し続けました。

 

そんなある日

『賃貸併用住宅』

というキーワードが目に飛び込んできました。

 

『賃貸併用住宅を建てて
住宅ローンを全て家賃収入で賄っています。
自分のデザインした家にも住めて最高です。』

そんなことが書かれているブログを見つけました。

 

このブログを読んだとき、

『これだ!』

と思いました。

 

賃貸併用住宅を実現できれば、

一番大きな固定費である住宅費の削減と、
自分でデザインした家で生活したいという憧れ
を同時に達成できます。

『自宅の面積が半分以上を占めるから
収入を増やす目的だとイマイチかもしれない。

でも、住宅費を削減する目的で考えると
大きなメリットがある。

昔からの憧れだった
自分でデザインした家にも住める。』

お金の面でも精神的な面でもメリットがある。
そう思いました。

 

その後も情報を集めた結果、

『賃貸併用住宅に挑戦する』

そう決めました。

絶対に諦めない。課題を乗り越えながら前進

賃貸併用住宅に挑戦すると決めてから、
いくつもの課題が立ちはだかりました。

◇良い土地が見つからない
◇候補の土地は住宅ローンが借りにくい保留地
◇住宅ローンを借りられる銀行探し
◇何度も必要な銀行訪問と仕事の両立
◇土地の前に電柱が立っている
◇登記内容が通るかわからない
◇スケジュールの遅れで繁忙期を逃す

クリアしたと思ったら
新たに表れる課題に落ち込む時もありましたが、
諦めることはありませんでした。

『辞めるのは簡単。
でもそれじゃ何も変わらない。

後悔の無い人生を送ると決めたんだ。

賃貸併用住宅は将来脱サラするための第一歩。

必ず賃貸併用住宅を完成させて、
住宅費の負担を減らして、
妻と一緒に自分達で設計した家で暮らすんだ

そう決めていたからです。

 

多くの方のサポートを受けながら、
1つ1つ課題をクリアして
賃貸併用住宅を完成させることができました。

賃貸併用住宅が完成して生活が変わった

現在は完成した賃貸併用住宅で
毎月のローン返済を全て家賃収入で賄う
という生活をしています。

毎月の家計の収支は以前と比べて
約10万円改善しました。

会社の給料を10万円も増やすことは
正直なところ現実的ではありませんし、
他の固定費を10万円減らすのも難しい。

24時間365日働き続けてくれる
賃貸併用住宅のありがたみ

を噛みしめています。

 

変わったのはお金の面だけではありません。

精神面も大きく変わりました。

大好きな木の香りの中で朝目覚めるので、
寝る時に明日がくるのが楽しみになりました。

快適な家に早く帰りたいので、
仕事もより一層集中して効率的に進めるようになりました。

労働時間は減り、
体力的にも精神的にも負担が減りました。

かつてのように疲れ果て、ため息ばかりつき、
ストレスに悩まされていた自分はもういません。

 

そして、
僕にとって何よりも重要な変化は、

妻と過ごす時間が増え、
妻の笑顔が増えたことです。

賃貸併用住宅をきっかけに起きた価値観の変化

『新築マイホームに毎月の負担ゼロで住む』

普通に考えれば意味のわからない状態
を実際に作り出すことができ、
価値観が大きく変わりました。

会社で仕事をしている間も
寝ている間も
旅行に行っている間も
賃貸併用住宅は働き続けてくれます。

『自分達のために働いてくれる仕組み』

の威力を知りました。

 

会社でいくら仕事を頑張っても、
自分の時間を使っているので、
自由な時間は手に入りません。

一方
『自分達のために働いてくれる仕組み』
は自分の時間を使わなくても
文句も言わずに働き続けてくれます。
(もちろん手がかかる時もたまにはあります)

 

『自分達のために働いてくれる仕組み』
を増やしていけば、
お金も時間もある状態を作れる。

賃貸併用住宅をきっかけに、
こう確信することができました。

 

妻の一言で眠れない夜を過ごす中で抱いた

『お金と時間が両方ある状態を実現して、
2人で一緒にやりたいことを
1つずつ実現していこう』

という思いは

『自分達のために働いてくれる仕組み』

を増やすことで叶えられる。

今はそう確信しています。

一生懸命我慢するのは辞めて一生懸命自由になろう

価値観が変わった後に会社のフロアを眺めた時

『みんな一生懸命に我慢している』

と思いました。

 

朝から晩まで

・体調が悪くても我慢
・ミスをして責められても我慢
・ストレスで押しつぶされそうでも我慢
・子供の行事に参加したいけど仕事があるから我慢
・本当はやりたい夢があるけど、
働かないと収入が無くて生きていけないから我慢

毎日多くの我慢をしています。

ここまで読んで下さっているあなたも
日々色々な我慢をしていませんか?

 

人生って一生懸命我慢することなのでしょうか?

僕はそうは思いません。

人生とは一生懸命やりたいことに取り組むこと
だと思っています。

 

なぜ人は一生懸命我慢はするのに
やりたいことをやるために
一生懸命自由になろうとしないのでしょうか。

その理由は

『自由になる方法を知らないから』

たったそれだけだと思いました。

 

知らないというだけで
我慢し続ける人生を送るのは損だと思うんです。

 

僕は賃貸併用住宅をきっかけに
『自分達のために働いてくれる仕組み』
を作れば自由になれると気づけました。

『他の人にもそのことを知ってもらいたい』

そう思っています。

 

僕と妻は数年以内に
不動産以外の複数の仕組みを構築して、
お金と時間の両方ある状態を作ります。

その後は2人共に会社を辞めて、
やりたいことを1つずつ実現していきます。

会社のために人生の選択肢が減り、
進む道も制限される状態はもうやめます。

『人生で進む道は自分で決める』

これが今の僕達夫婦のモットーです。

 

賃貸併用住宅という選択肢を伝えたい

賃貸併用住宅は
賃貸部分が家賃を稼いでくれるので、
住宅費の負担を大きく減らすことができます。

マイホームと共に
『自分達のために働いてくれる仕組み』
を手に入れることができる選択肢です。

先の見えない時代だからこそ、

自分の給料からお金が出ていくだけの
戸建やマンションだけではなく、

お金を稼いでくれる力も持つ
賃貸併用住宅という選択肢を知って欲しい
と思っています。

 

賃貸併用住宅を選ぶかは人それぞれですが、
知らなかったという理由で後悔する人を
1人でも減らしたいと思っています。

 

賃貸併用住宅という
自分達のために働いてくれる仕組みを作り

住宅費の負担を減らすと同時に住みたい家に住む

 

そんな選択肢もあるということを
伝えていきたいと思います。

賃貸併用住宅メルマガ講座を始めました

最近、賃貸併用住宅のことを聞かれる機会が増えました。

そこで、
賃貸併用メルマガ講座を始めました。

メルマガでは
・0からわかる賃貸併用住宅の作り方
・なぜ戸建ではなく賃貸併用住宅なのか
・賃貸併用住宅を作る時に重要なマインド
・始める前に知っておきたかったこと

など、
様々な情報をお届けしています。

期間限定でメルマガ登録特典として、
『賃貸併用住宅概要』
『実際に契約した業者リスト』
という2つのレポートもプレゼントしています。

ぜひこちらから受け取ってみて下さい。

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